2013年05月15日

『汚れた英雄』のテスタロッサ?

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 若き日の片羽、F92Aとジャン・アレジを筆頭に様々なフェラーリとその乗り手たちに漢の何たるかを教えられました。今回のフェラーリ・テスタロッサも片羽に取って外すことのできない一台です。

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 テスタロッサと言えば1984年式のこれを思い浮かべる人が多いと思いますが(片羽こちらにも『マイアミ・バイス』で十分な思い入れがありますが)

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 今回のお題はこの1950年代の古めかしいテスタロッサです。ドライバーは北野晶夫大藪春彦の最高傑作『汚れた英雄』の主人公です。

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京商フェラーリミニカーコレクション[の250テスタロッサ。1/64。
1958年からのワールド・スポーツカー・チャンピオンシップ
(耐久レースの世界選手権。ル・マンもその一戦でした。1992年まで開催)
に向けて開発されました。エンジンは3リッターのV12。
さてこれが『汚れた英雄』のテスタロッサかというと…?


 『汚れた英雄』あらすじ。時は1950年代。戦災孤児として育った青年・北野晶夫は進駐米軍中佐の軽井沢の別荘に住み込みで猟犬のトレーナーを務めながら、手製チューンのバイクで一人細々とレース活動を続けています。
 浅間火山レースで非力なマシンで善戦した晶夫はヤマハのワークスチームに認められるのですがヤマハ側の都合でスカウトの話は立ち消え。
 しかしふとした事からアメリカの有名チームのオーナーに才能を認められて渡米。その後は世界を転戦して輝かしいキャリアを積み、富と名誉を手に入れて行く…というお話です。

 こう書くと何やら爽やかなモータースポーツ小説みたいですが、作者が『野獣死すべし』『蘇る金狼』なんかを書いたハードボイルドの巨匠で、本作特に終戦直後から50年代を主舞台としますので全編暴力と退廃的なセックスの嵐が吹き荒れてます。
 それにしてもこれ二輪レースの話じゃないか。どこにテスタロッサが出てくるんだと思われる方もいらっしゃるでしょうが、前段で赤い太文字にした「ふとした事」の部分なんですね。
 晶夫はヤマハ入りの話が潰れて落胆していたのですが、そんなある日雇い主の米軍中佐が基地クラブでのポーカー賭博で大勝ちして、相手からお金の代わりにレース仕様のテスタロッサを巻き上げてくるのです。

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(引用)…晶夫が犬達を犬舎から出して林のなかで排便させているとき、低い地鳴りのような高性能エンジン車の排気音が別荘に近づいてくるのを聞いた。
 晶夫は急いで犬たちを犬舎に戻し、門のほうに向けて走った。白樺林のなかの道を、地を這うようにして怪奇な車が近付いてくる。
 フロント・グリルに跳ね馬のマークはついてなかったが、その真っ赤な車がフェラーリだということはすぐに分かった。
 左右のフェンダーのふくらみとボンネットの上の二つのコブが印象的だ。バンパーはついてない。ボディは傷だらけだ。

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(引用)…助手席の上にかぶさっているアルミのカヴァーのネジを外しはじめた。晶夫はそれを手伝いながら、三本スポークの木製リム・ハンドルの正面にある一万回転まで目盛ったエンジン回転計、その左右に配置された油圧や湯温計などを覗きこんだ。百五十マイルまで目盛った小さなスピードメーターは、計器板の右隅に慎ましく控えている。ギアボックスにはシフト・ガイドの溝が切ってあった。前進四段らしい。
このコックピット写真のみIXOの1/43。
さらに言えば小説中の個体は右ハンドルです。


 中佐としては晶夫が二輪レースをやっているのだから四輪にも乗れるだろうということで、晶夫をドライバーにして米軍基地内で行われる草レースで勝たせ、賞金を稼ぎまくる算段です。
 晶夫は大馬力の車に乗って運転の腕を磨くチャンスと話に飛びつき、空軍基地の滑走路で練習走行を重ねます。ちなみにガソリンは空軍のを好きなだけ失敬できたのですが、レーシングタイヤは消耗するたび中佐に買わせたようです。
 やがて迎えた基地の草レース。テスタロッサの前の持ち主は愛車奪還を賭してベンツ190300SLR(なんとフラップで減速する!)で晶夫に挑んでくるのですが、晶夫とテスタロッサは抜群の安定感でこれを一蹴、見事優勝します。優勝賞金はタイヤ代に遠く及ばなかったようです。可哀想な中佐。

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草レースのイメージショット。
同時代の車はヒーレーしか持ってなかった(爆)


 このレースをたまたま見ていたのがアメリカの有名チームのオーナーで「君、二輪はやらんのか?」「二輪が僕の命です!」となって晶夫はチャンスを掴むわけです。
 二輪レースの物語なのに素寒貧の主人公が成り上がるきっかけは四輪車。それも数奇な入手経緯を経たフェラーリ。降って湧いたチャンスが決して専門分野ではない四輪レースだったのに臆する事なく挑み、そして勝つ。あまりに天晴れな生き様ではないですか。
 物語的にもこのテスタロッサ絡みの展開こそ本作の白眉!予想の斜め上を行くとはこういう事ですよ。これぞ作家のセンスというものですよ。片羽もこういう展開が書けるようになりたいものです。

 この後晶夫は件のチームオーナーの前でテスト走行の機会を与えられて確かな才能を示すのですがその最中に大事故に遭います。晶夫に恨みをつのらせたテスタロッサの前の持ち主がコースにパイロンを蹴り込んできて転倒させられたのです。
 重傷を負った晶夫は完治後に渡米させてもらえる約束になっているのですが、体は治るものの事故の恐怖に囚われてバイクに乗れなくなってしまいます。
 その恐怖と絶望をいかに受け止め、そして克服していくか。ここが本作のテーマである「不屈の精神」というものが鮮やかに提示されるクライマックスなのですが、この辺の展開も元を辿ればテスタロッサがチャンスと共に持ってきた災厄ということになりますね。物語の中でテスタロッサこそが最も主人公の運命に深く関わった車であったと言っても過言ではありません。

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晶夫のテスタロッサは残念ながらこれじゃなくて、
作中の記述によれば1956年式で2.5リッターの
4気筒エンジンとのことですから500TR系の625LM
スペック的に一番近いのですが、米軍の将校が
個人所有してたんですから公道用のタイプでしょうね。
京商から500TR…出ないだろうなぁ…



 え、まだ全4巻中の『第1巻・野望編』しか説明してないじゃないかですって?いいんですよ片羽の中で『汚れた英雄』は渡米するとこで終わってるんですから。その後の『第2巻・雌伏編』『第3巻・黄金編』『第4巻・完結編』なんて挫折も再起もない一本道のサクセスストーリー。晶夫の「その後の人生」に過ぎません(断言)。

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劇中では爆発的な加速力をもてあまし気味で
逆に最高速は210km程度と物足りない様子でした。
ACコブラみたいな特性だったんでしょうか。


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84年式テスタロッサと。
こちらはGT的な位置付けで直線番長でしたから
ずいぶんキャラが違いますね。


 さらに補足しておきますと映画版『汚れた英雄』には浅間火山レースもテスタロッサも米軍基地の草レースも一切出てきませんので要注意です。そもそも舞台が1950年代じゃなくて80年代の日本になってる時点で原作を再現する気が初めから無かったの丸分かりです。テーマ曲は良いんだけどな。
 今の技術で『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいな規模で『汚れた英雄』を完全映画化してくれる好事家の石油王とか出現しないもんでしょうか。
posted by 片羽國雄 at 02:37| Comment(3) | ミニカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マイアミバイスのフェラーリは、初期のデイトナもテスタロッサも、レプリカでしたね。昌夫と勝負したのは、300SLRです。190SLは、マクドナルド婦人の愛車です。
Posted by 北野昌夫 at 2014年03月30日 10:56
ありがとうございます。
キースレーのベンツは素で間違えてました(泣)。
190SLも雇い主の夫人の夜のお供を務めた代償に貸してもらって夜の峠で運転技術を磨くという、淫靡なのにストイックな場面の立役者でしたね。
Posted by 片羽國雄 at 2014年04月09日 00:36
おじゃまいたします。

北野晶夫が、リヤカーにヤマハのYA-1を
積んで自転車を漕ぐところと、
このテスタロッサのくだりが大変印象に
残ってます。
思い入れタップリに再現していただき
ありがとうございました。

Posted by まん at 2015年07月24日 11:33
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