2012年12月22日

フェラーリ・F92A 〜あれは、良いものだ〜

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 誰でも「心の一台」と呼ぶ様な何か強烈に心に残る車に出会ったことがあるはずです。その車がレースで強かったとか映画・ドラマで活躍したからではなくて、その車に対して怒りとか驚きとかの感情とかを強烈に印象に残している一台(スンマセンここまで『悪趣味ゲーム紀行』の本文リスペクトです)という意味なのですが、片羽の場合は今回お披露目いたしますフェラーリ・F92Aということになります。
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オニキス(ONIX) 1/43 フェラーリ・F92A(#27 ジャン・アレジ)
ポルトガルのメーカーONIXより1992年当時発売。
中古品で4,000円ぐらいでした。
古きものゆえサス周りは気にせんといて下さい(笑)
今は無き恵比寿某名店で買ったのも良い思い出。

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↑フロントビュー
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↑リアビュー
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↑特徴その1。ダブルデッキ。二重底ですね。おかげで重心が高くて…
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↑特徴その2。サイドポンツーン。む、無茶苦茶カッチョイイ!
アレジのヘルメットは駄目駄目ですね…

 今をさかのぼること20年前の1992年のフェラーリF1マシンです。1992年のF1はと言うとナイジェル・マンセルの駆るウィリアムズ・ルノーの無双状態、後の“皇帝”ミハエル・シューマッハと共に躍進するベネトン、対して苦戦する王者アイルトン・セナとマクラーレン・ホンダ、そしてドン底のフェラーリという状況でした。
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↑1992年のF1マシン達。右から
ウィリアムズ・FW14B(オニキス)
マクラーレンMP4/7(ミニチャンプス)
フェラーリF92A(オニキス)
ベネトンB192(ミニチャンプス) 全て1/43

 どれくらいドン底だったかと言うと表彰台はアレジの3位が2回だけ。完走は2台合わせて12回(←そう、16戦×2台での話ですぞ…)。獲得ポイント21点。数字を見るともはや立派な中堅チームですね。
 ドライバーのジャン・アレジイヴァン・カペリも前のチームでは非力な車で上位陣をおびやかす天才肌の若手だったのですが、どうにもF92Aに足を引っ張られました。駄目車なりに見せ場に恵まれ人気を上げたアレジはまだしもカペリの方はF92Aに精気を吸い取られたように不調に陥りドライバー生命を縮める結果に…
 まず上の写真でも解説しましたが「ダブルデッキ」…二重底構造が元凶でした。二重底の間に空気を通してリアから排出させ低圧状態を作り出して強力なベンチュリー効果を得るという構想だったのですが、それ以前の問題で重心が高くなり安定性が悪化。つまり非常に曲がりにくい車になったわけです。
 加えて重たいV12エンジン。最高速も加速もライバル達のホンダ、ルノー、フォードに及ばず、さらに前年度から予兆はあったのですがすぐ壊れてしまうというおまけ付きでした。
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オニキス(ONIX) 1/43 フェラーリ・F92A(#28 イヴァン・カペリ)
これも中古ですが400円でした。
アレジの1/10かい。可哀想なカペリ…
ヘルメットの出来が良いのがせめてもの救いか。

 正確な説明はいつものごとくWikipediaに譲るとしまして、そんなダメ車のどこが良いという話なのですが、ズバリ格好良いの一言です。いや見た目だけの話でなくアレジの奮戦ぶりと共に、当時19歳の浪人生だった片羽にカッコイイとはこういう事さと男の美学…いや漢の美学を教えてくれた、まさに「心の一台」なのです。
 アレジも数奇な運命を辿ったドライバーでした。1989年、90年と非力なティレルで大活躍し、91年には幼い頃からの憧れのフェラーリに入るのですが途端にチームが低迷期に突入します。
 これも憧れだったジル・ビルヌーブと同じカーナンバー27番を手に入れるのが92年。F92Aが名馬に非ずとは気付いていた筈ですがフェラーリのエースで27番という気負いか、鬼気迫るアグレッシブな走りを見せてくれました。当時免許すら持っていなかった片羽ですがテレビでアレジの走りを見ていて他のドライバーと明らかに違う、無理めに突っ込んで激しくカウンターを当ててF92Aをスライドさせながらコーナーを駆け抜ける姿に完全に魅了されたのです。ハンドルを11時5分の位置で握り締めるのも、曲がりたい方向にヘルメットを大きく傾けるドライビングスタイルも独特で格好良かったし、スタートが上手いもんだからなまじマクラーレンやベネトンの前に出てしまい追われまくるレース展開も燃えるものがありました…抜かれて壊れて終わるんですけどね
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IXO 1/43 フェラーリ・F92A(#27 ジャン・アレジ)
ディティールは正しいのですが
ノーズがボッテリ太くてヤな感じ。
肝心のサイドポンツーンは変てこな
パーツ分割にした挙句に開口すらしてないし
ダブルデッキも奥の方まで二重になってないし
許せないことばかり。

 この後1993年からフェラーリチームは回復基調に入り、94年にはチームメイトのゲルハルト・ベルガーが3年ぶりの1勝、そしてアレジも95年のカナダグランプリでようやく1勝を挙げます。しかしここでフェラーリはなりふり構わぬチーム再建策として96年よりミハエル・シューマッハを起用、アレジとベルガーを放出します。
 その後は若い人たちの知る、皇帝シューマッハの強い速いつまらないフェラーリです。追われたアレジはベネトンに移籍し安定した成績を挙げるも何やら覇気を失った感じで2勝目には恵まれず、徐々に下位チームへ追いやられていきました。
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↑宿敵というか天敵・ベネトンB192(ミニチャンプス)と。
バナナノーズが特徴的でF92Aよりも
よほど腰高に見えたのですが、
小回りが利き信頼性も優れたマシンでした。
フォードエンジンもフェラーリより全然速かったですしね。
4年後には全てのF1マシンが
こんなハイノーズになったというのも凄い。
覇道を歩むシューマッハと、ただ我が道を行くアレジ。
この2台の個性派マシン、
そのまま2人の男の生き様まで象徴していましたね…

 さて浪人生活を終えて大学進学し、その後就職した片羽ですが折しもバブル崩壊後の「失われた20年」。何処へ行って何をしても正直ロクな目に遭いませんでした。
 しかしいつも心を蘇らせてくれたのはフェラーリF92Aとジャン・アレジの勇姿。隣のベネトンを羨んだって仕方ない、俺は今乗ってるF92Aを走らせることだけ考えよう、自分らしさなんて必死にカウンター当てて走ったその結果に過ぎんのだ、と。
 
そして、たぶん、これからもずっと………

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↑F92A勢揃い。手前の小さい2台はミニチャンプスの1/64。
ミニチャンプスの1/43も出てたのですが
IXO製以上に手抜きが酷いので買ってません。
posted by 片羽國雄 at 03:13| Comment(0) | ミニカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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