2013年05月29日

ベネトン・B192 〜赫奕たる異形〜

 1992年のF1ミニカー記事も第5弾。フェラーリF92Aロータス107の隣で敵っぽくゲスト出演していたベネトンB192が今回の主役です。

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右から1/43ブランドル車(ONYX)、1/43シューマッハ車(MINICHAMPS)、1/64シューマッハ車(MINICHAMPS)


 マシンの底部と路面の間に空気を取り込み、マシン後端のディフューザーから吐き出させることでマシンの下に低圧状態を作り出し強力なダウンフォースを得る構想は70年代から存在したのですが、マシンの前端はボディの空力を考えて低く鋭くというのが長らく常識でした。
 これを覆したのが1990年のティレル019で、マシンのノーズを少し持ち上げて地面との間に隙間を作り、フロントウイングはナマズの髭のように左右にぶら下げた形状(アンヘドラルウイング)を採用しました。ノーズを上げた分マシンの下に取り込める空気が増えるわけですね。
 当初は驚きをもって迎えられたティレルのハイノーズですが1990年のジャン・アレジと中嶋悟の好調から評価され、他のチームもこぞってマシンのノーズを上げて行きます。

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右からティレル019、ベネトンB191、同B192。
ノーズ上がってますね〜

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フェラーリF92Aとジョーダン191。
ティレルやベネトン程じゃなくても
各車ノーズを上げて行ってた時期でした。


ベネトンは1991年のマシンB191でティレル並みにハイノーズ化したのですが、翌1992年のB192でより高くノーズを持ち上げたバナナノーズとも言われるデザインを採用します。従来のフォーミュラカーのノーズコーンを天地引っくり返したかのような超ハイノーズは当時かなりのインパクトで、片羽正直こんな形状のものが路面に吸着して走るとは思えなかったのですが蓋を開けてみれば実戦投入された第4戦スペインGPでいきなりミハエル・シューマッハが2位入賞。その後シーズン通して前年の王者マクラーレンを翻弄し、無敵の筈のウィリアムズを時に追い回す大活躍を見せる大成功作でした。

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ミニチャンプス(MINICHAMPS)1/43
ベネトン・B192(#19 ミハエル・シューマッハ)


 後に7度チャンピオンに輝く“皇帝”シューマッハは当時23歳。この1992年が初めてのF1フル参戦で、当時としては異形のマシン・B192と共にその清新さと比類なき強さを強烈に見せつけてくれました。雨のベルギーGPでウィリアムズ勢を出し抜いて初優勝を飾ったのも忘れがたい名場面です。
 ミニカーはミニチャンプスのミハエル・シューマッハ・コレクションの一品でシャープな造りです。

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オニキス(ONYX)1/43
ベネトン・B192(#20 マーティン・ブランドル)


 マーティン・ブランドル…当時の片羽は「誰だこのオッサン?」などと思ってましたが20年の歳月を経てみると彼の渋さは心に沁みます。1992年はコンスタントに入賞していたのですがシューマッハに比べると華が無かったのか1年でベネトンを追われてしまいました。近年はテレビの解説者として人気が高いそうです。
 オニキスのミニカーなので1992年の当時ものです。後発のミニチャンプスに比べると平べったくて角ばってますね。なんとなく『ベルセルク』のモズクス様を思い出します。でもこれはこれで良い感じ。
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ミニチャンプスとオニキスの比較。
そりゃ後発のミニチャンプスが
出来が良いに決まってますが
オニキスはリアルタイムで
よくぞここまで雰囲気を良く捉えたと
褒めるべきでしょう。


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ミニチャンプス(MINICHAMPS)1/64
ベネトン・B192(#19 ミハエル・シューマッハ)


 片羽、B192の異形を初めて認識したのはモナコGPだったのですが、序盤でシューマッハがアレジと超接近戦を演じてロウズヘアピンで接触し、F92Aの左サイドポンツーンに大穴を空けるシーンが強烈に印象に残りました。バナナノーズ怖え!これはもう凶器だと(まあ近年になってyoutubeで見直したら本当はノーズじゃなくて右前輪で押し割ってたんですけどね)。
 そして私にとって至上の美であるフェラーリF92Aをこんな風に手酷く破壊してしまった寸詰まりの醜い奴ということで大層B192を憎みました。さらにはこのマシンの形状が90年代後半の標準になってしまったもので片羽はF1グランプリのテレビの画面を見るのも苦痛になってしまい、ついにはF1離れを起こしてしまいました。
 しかし20年の歳月に洗われた後ではF92Aの仇敵であったこのB192の強さを素直に認めたい気持ちだったりします。今となっては全てが懐かしく、そして美しい…。
 
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片羽心の車、アレジのF92Aを
コテンパンに負かした憎い奴。
だけど憎さ余って可愛さ百倍。
posted by 片羽國雄 at 02:05| Comment(0) | ミニカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月19日

『クロス・マネジ』 〜作家の闘志というもの〜

 久方ぶりに『週刊少年ジャンプ』話。片羽的にはネウロ同様通好みの中堅作品と踏んでいた『暗殺教室』はすっかりジャンプの顔になってしまいました。戦闘能力には乏しい語り部的主人公の渚が防衛省の送り込んできた暴力教官と決闘して勝利するというまさかの大活躍というか覚醒で物語は新たな局面に差し掛かったと思われます。

 さて本題は昨年秋から連載の『クロス・マネジ』(作:KAITO)ですが豊口深空以下藤丘高校女子ラクロス部の面々は現在ティーンズマッチ決勝大会で強豪・蝶蘭女学院との決戦の最中です。とにかくラクロスを楽しもうというスタンスの深空たちは男子マネージャー櫻井玄哲(こちらが主人公!)の指導下、各自の長所を伸ばす形で成長してきました。しかし冷酷な勝利至上主義で経験も圧倒的に豊富な蝶蘭女学院の前に策が一つ一つ封じられ先制点を奪われてしまい………という展開です。

 片羽、ジャンプの掲載順から作品の質を論じることはしませんが作品人気の指標としては冷酷に受け止めなければならないわけで、長らくテールエンダーを務めることとなった『クロス・マネジ』もおそらく現在の蝶蘭女学院戦をクライマックスに単行本4巻で物語を終えて行くと思われます。例えるならば『アイシールド21』が最初の対戦で大敗した王城ホワイトナイツと進さんにとりあえず一矢報いて終わってしまうようなもんでしょうか。不人気の要因としてはまず少年誌なのに女性誌的な絵柄、そしてスポーツものなのに題材の競技に対する掘り下げ不足と容易に指摘してしまえるのが残念です。

 しかしながら連載を見ているとこのKAITOという作者がまだ気持ちの上では負けていないというか、蝶蘭女学院戦も一手一手丹念に展開を考えながらこの物語をなんとか自分の気の済むように描ききってやろうという真摯さや熱さは伝わってきます。深空と同様、作者が苦戦を楽しんでいるフシがありますね。
 さらに言えば作者の描きたかったのがラクロスよりも櫻井と深空のドラマと考えれば本作は与えられた使命を全うしつつあるわけで、単行本4巻という尺も適切なのかも知れません。櫻井と同様、作者も案外冷静に物語を結末に向けて運んでいるんじゃないでしょうか。短い物語になるとしても綺麗に有終の美を飾って欲しいものです。

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この見事な笑顔を見よ!
少年たちにはこの良さがわからなかったか?


 実のところ片羽、『クロス・マネジ』を読んでいて想起したのがフジテレビの1996年のドラマ『白線流し』です。このドラマの第一話、全日制の高校生の酒井美紀が教室の机の星座の落書きを見てそれを彫った定時制の長瀬智也に興味を持ち、やがて互いに魅かれていくという独創的でロマンチックな幕開けでした。しかしその後は仲間たちも交えた陳腐で糞真面目な青春群像劇に堕してしまいます(それでも何故か続編は沢山作られた)。なので片羽、同作の脚本家・信本敬子も当時全然評価していませんでした。
 しかしそんな信本敬子が2年後に世に送り出すのが『カウボーイ・ビバップ』ですよ。あのスタイリッシュでハードボイルドなSFアニメの快作ですよ。当時『白線流し』がどうやったら『カウボーイ・ビバップ』に化けるのかと驚きましたが、信本敬子が本当に作りたかった作品が『カウボーイ・ビバップ』で『白線流し』は通過点、実績作りのためのお仕事だったと考えればしっくり来ますね………あくまで憶測ですが。
 『クロス・マネジ』も魅力的な第一話を持つ青春ドラマなのでこれが『白線流し』だとすればKAITOは遠からず『カウボーイ・ビバップ』的な大作をものにするんじゃないかと片羽勝手に期待しとるわけであります。 
posted by 片羽國雄 at 16:40| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月15日

『汚れた英雄』のテスタロッサ?

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 若き日の片羽、F92Aとジャン・アレジを筆頭に様々なフェラーリとその乗り手たちに漢の何たるかを教えられました。今回のフェラーリ・テスタロッサも片羽に取って外すことのできない一台です。

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 テスタロッサと言えば1984年式のこれを思い浮かべる人が多いと思いますが(片羽こちらにも『マイアミ・バイス』で十分な思い入れがありますが)

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 今回のお題はこの1950年代の古めかしいテスタロッサです。ドライバーは北野晶夫大藪春彦の最高傑作『汚れた英雄』の主人公です。

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京商フェラーリミニカーコレクション[の250テスタロッサ。1/64。
1958年からのワールド・スポーツカー・チャンピオンシップ
(耐久レースの世界選手権。ル・マンもその一戦でした。1992年まで開催)
に向けて開発されました。エンジンは3リッターのV12。
さてこれが『汚れた英雄』のテスタロッサかというと…?


 『汚れた英雄』あらすじ。時は1950年代。戦災孤児として育った青年・北野晶夫は進駐米軍中佐の軽井沢の別荘に住み込みで猟犬のトレーナーを務めながら、手製チューンのバイクで一人細々とレース活動を続けています。
 浅間火山レースで非力なマシンで善戦した晶夫はヤマハのワークスチームに認められるのですがヤマハ側の都合でスカウトの話は立ち消え。
 しかしふとした事からアメリカの有名チームのオーナーに才能を認められて渡米。その後は世界を転戦して輝かしいキャリアを積み、富と名誉を手に入れて行く…というお話です。

 こう書くと何やら爽やかなモータースポーツ小説みたいですが、作者が『野獣死すべし』『蘇る金狼』なんかを書いたハードボイルドの巨匠で、本作特に終戦直後から50年代を主舞台としますので全編暴力と退廃的なセックスの嵐が吹き荒れてます。
 それにしてもこれ二輪レースの話じゃないか。どこにテスタロッサが出てくるんだと思われる方もいらっしゃるでしょうが、前段で赤い太文字にした「ふとした事」の部分なんですね。
 晶夫はヤマハ入りの話が潰れて落胆していたのですが、そんなある日雇い主の米軍中佐が基地クラブでのポーカー賭博で大勝ちして、相手からお金の代わりにレース仕様のテスタロッサを巻き上げてくるのです。

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(引用)…晶夫が犬達を犬舎から出して林のなかで排便させているとき、低い地鳴りのような高性能エンジン車の排気音が別荘に近づいてくるのを聞いた。
 晶夫は急いで犬たちを犬舎に戻し、門のほうに向けて走った。白樺林のなかの道を、地を這うようにして怪奇な車が近付いてくる。
 フロント・グリルに跳ね馬のマークはついてなかったが、その真っ赤な車がフェラーリだということはすぐに分かった。
 左右のフェンダーのふくらみとボンネットの上の二つのコブが印象的だ。バンパーはついてない。ボディは傷だらけだ。

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(引用)…助手席の上にかぶさっているアルミのカヴァーのネジを外しはじめた。晶夫はそれを手伝いながら、三本スポークの木製リム・ハンドルの正面にある一万回転まで目盛ったエンジン回転計、その左右に配置された油圧や湯温計などを覗きこんだ。百五十マイルまで目盛った小さなスピードメーターは、計器板の右隅に慎ましく控えている。ギアボックスにはシフト・ガイドの溝が切ってあった。前進四段らしい。
このコックピット写真のみIXOの1/43。
さらに言えば小説中の個体は右ハンドルです。


 中佐としては晶夫が二輪レースをやっているのだから四輪にも乗れるだろうということで、晶夫をドライバーにして米軍基地内で行われる草レースで勝たせ、賞金を稼ぎまくる算段です。
 晶夫は大馬力の車に乗って運転の腕を磨くチャンスと話に飛びつき、空軍基地の滑走路で練習走行を重ねます。ちなみにガソリンは空軍のを好きなだけ失敬できたのですが、レーシングタイヤは消耗するたび中佐に買わせたようです。
 やがて迎えた基地の草レース。テスタロッサの前の持ち主は愛車奪還を賭してベンツ190300SLR(なんとフラップで減速する!)で晶夫に挑んでくるのですが、晶夫とテスタロッサは抜群の安定感でこれを一蹴、見事優勝します。優勝賞金はタイヤ代に遠く及ばなかったようです。可哀想な中佐。

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草レースのイメージショット。
同時代の車はヒーレーしか持ってなかった(爆)


 このレースをたまたま見ていたのがアメリカの有名チームのオーナーで「君、二輪はやらんのか?」「二輪が僕の命です!」となって晶夫はチャンスを掴むわけです。
 二輪レースの物語なのに素寒貧の主人公が成り上がるきっかけは四輪車。それも数奇な入手経緯を経たフェラーリ。降って湧いたチャンスが決して専門分野ではない四輪レースだったのに臆する事なく挑み、そして勝つ。あまりに天晴れな生き様ではないですか。
 物語的にもこのテスタロッサ絡みの展開こそ本作の白眉!予想の斜め上を行くとはこういう事ですよ。これぞ作家のセンスというものですよ。片羽もこういう展開が書けるようになりたいものです。

 この後晶夫は件のチームオーナーの前でテスト走行の機会を与えられて確かな才能を示すのですがその最中に大事故に遭います。晶夫に恨みをつのらせたテスタロッサの前の持ち主がコースにパイロンを蹴り込んできて転倒させられたのです。
 重傷を負った晶夫は完治後に渡米させてもらえる約束になっているのですが、体は治るものの事故の恐怖に囚われてバイクに乗れなくなってしまいます。
 その恐怖と絶望をいかに受け止め、そして克服していくか。ここが本作のテーマである「不屈の精神」というものが鮮やかに提示されるクライマックスなのですが、この辺の展開も元を辿ればテスタロッサがチャンスと共に持ってきた災厄ということになりますね。物語の中でテスタロッサこそが最も主人公の運命に深く関わった車であったと言っても過言ではありません。

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晶夫のテスタロッサは残念ながらこれじゃなくて、
作中の記述によれば1956年式で2.5リッターの
4気筒エンジンとのことですから500TR系の625LM
スペック的に一番近いのですが、米軍の将校が
個人所有してたんですから公道用のタイプでしょうね。
京商から500TR…出ないだろうなぁ…



 え、まだ全4巻中の『第1巻・野望編』しか説明してないじゃないかですって?いいんですよ片羽の中で『汚れた英雄』は渡米するとこで終わってるんですから。その後の『第2巻・雌伏編』『第3巻・黄金編』『第4巻・完結編』なんて挫折も再起もない一本道のサクセスストーリー。晶夫の「その後の人生」に過ぎません(断言)。

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劇中では爆発的な加速力をもてあまし気味で
逆に最高速は210km程度と物足りない様子でした。
ACコブラみたいな特性だったんでしょうか。


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84年式テスタロッサと。
こちらはGT的な位置付けで直線番長でしたから
ずいぶんキャラが違いますね。


 さらに補足しておきますと映画版『汚れた英雄』には浅間火山レースもテスタロッサも米軍基地の草レースも一切出てきませんので要注意です。そもそも舞台が1950年代じゃなくて80年代の日本になってる時点で原作を再現する気が初めから無かったの丸分かりです。テーマ曲は良いんだけどな。
 今の技術で『ALWAYS 三丁目の夕日』みたいな規模で『汚れた英雄』を完全映画化してくれる好事家の石油王とか出現しないもんでしょうか。
posted by 片羽國雄 at 02:37| Comment(3) | ミニカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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