2020年04月13日

テレワーク。

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先月の福島旅行は典型的な「コロナ慣れ」の軽率な所業であったと今は反省してます。
今は自宅謹慎中……ではなくて会社のPC2台を自室に運び込んでテレワーク生活です。
通勤時と変わらない時間に起き、『めざましテレビ』を観ながら幾分ゆっくり朝食を食べ、アパートの外階段でYouTube使ってラジオ体操してからおもむろに「出勤」します。
Webカメラで監視とかはされてないのでパジャマ姿だろうが全裸だろうが文句は出ないのですが一応ワイシャツとスラックスを着て仕事することにしています。できるだけ生活リズムを平時と同じに保ちたいのですよ。

実は4月13日、再上京を果たしてから1周年の記念日です。
再上京にあたって大地震に遭うことは覚悟していましたがこんな『復活の日』だか『四畳半神話大系』だかわからんような事態は想定していませんでした。
昨秋から執筆活動はすっかり10年前の調子を取り戻しつつあったのですが、コロナに射すくめられて停滞中。コロナ以前に温めていた物語の構想も完全にピンボケになってしまいお蔵入りです。
正直次の一手が思いつきません。

いや執筆活動どころか1か月後の会社の、国の、世界の有様が見えません。
コロナで人類が死滅するとは思ってませんしいずれ特効薬もワクチンも完成して事態は終息するのでしょうけど、その時人々の心はコロナ以前とは異なる様相になっているでしょう。
疲弊、格差拡大、相互不信、憎悪、闘争、荒廃、衰亡……順当に思い浮かぶのはそんな言葉です。
あるいはワンチャン逆転、既存の権威が崩壊して好ましい新秩序が誕生し人々が繁栄を謳歌しているかも知れません。

脚本家としてはそんなどっちに転んでいるか知れないアフターコロナ世界の様相と人心を想像して、そこで売れる物語をこれから考えなくてはならないわけで途方に暮れております。
しかしこちらもワンチャン刑事と医療と裁判と韓流コピーばかりになってしまった国産ドラマが新機軸を求めるかも知れない。もしかしたら『西部警察』がまた都心で撮影できる世の中になるかも知れない。そんな希望を胸に2年目の東京生活を始めて参りたいと思います。
posted by 片羽國雄 at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

おかえりなさい

1年以上ご無沙汰となりましたがこの間の出来事を朝ドラ的にダイジェスト説明するならば、片羽は昨年春に福岡から神奈川に移り住んでシナリオ執筆活動を続行、青年期を過ごした首都圏の空気が吉と出たらしく復調して微妙に戦果を上げつつあります。
というところなのですが昨年秋からコンクールだの案件だので連戦が過ぎて疲れました。ネタ切れとは言いませんがいい具合にエンジン温まってるネタがなく、気分転換を図ろうにも首都圏はコロナ禍であまり遊べない。
そこでこの週末思い切って遠出してみることにしました。折しも常磐線が東日本大震災から9年ぶりに全線開通となる3月14日。九州出身者としては縁がなかった、震災関連のニュースでしか知らなかった福島に行ってみようと。

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あまり関係ありませんが上野駅に向かう途中の高輪ゲートウェイ駅にて。こちらも3月14日オープンでした。

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上野駅にて。8時のひたち3号には山手線の乱れで間に合わず、9時のひたち5号に乗りました。

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いわき駅で一時下車。土曜日はみぞれ混じりの雨でした。

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いわきから各駅停車に乗り換えて北上。車内は鉄道マニアだらけ!
車窓より海側の丘の向こうに見えたこれが……福島第一原子力発電所!

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福岡でニュースを見ている分には福島第一原発そのものよりも帰還困難区域となった「浪江」「双葉」といった地名が印象的でした。土曜日は浪江町に。

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駅正面。

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昨日まで富岡−浪江間が不通でこの区間を代替バスが繋いでいたそうです。

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駅前の風景。この旅の間あちこちで見かけることになる線量計。
浪江駅前の空間放射線量は毎時0.2マイクロシーベルトでした。

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町中が地震で壊れたか空き家になって朽ちたかという建物だらけだったのですが、個人宅や個人商店を勝手に撮って晒すのは忍びなかったので公共性の高いものだけにしておきます。

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野山は美しかったです。東京では久しく着けっぱなしだったマスクを外して深呼吸。「洗肺」というやつですな。

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3時間ほど歩き回ったら氷雨で濡れ鼠に。小高の双葉屋旅館さんに投宿。お風呂で温まって美味しい食事をいただきました。

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翌朝の小高駅。東側は一面の田んぼ。ここが佐賀県だと言われたら信じると思います。

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日曜日は双葉町へ。線路はまだ単線なのですね。

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駅近辺。最近立ち入り可能になったらしいです。浪江町では駅前の喫茶店や街道沿いのコンビニやラーメン店が開いていたのですが、ここでは営業中の店はゼロでした。

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双葉町消防団第二分団。奥に向けて傾いた建物。
時計の針は2時48分……地震発生直後に止まったのでしょうか。

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長命山正福寺。東西に激しく揺さぶられたのでしょう。

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双葉北小学校とふたば幼稚園。……の近くに車両スクリーニング場。

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ふたば幼稚園前の空間放射線量は毎時1.118マイクロシーベルト。高いですね……

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良さげな池の側を歩いていくと何やら案内板が。「ここまで」とは?

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この先帰還困難区域……なんですね。ゲートの向こうには一見普通の風景が広がっているのですが、現実を思い知らされます。ここがこの日歩いた範囲の北端。

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再び町中を移動。帰還困難区域だった間も除染と工事は行われていたのですね。

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双葉厚生病院とその近辺の医療・介護関係の施設。

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病院通りから一本南側に折れると汚染土の置き場でした。見渡す限りの田んぼが全部……

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そしてまたゲート。ここが今日歩いた東端。時間があれば病院通りを真っ直ぐ海まで行けたと思います。

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双葉町役場。掲示板には平成23年3月11日付の掲示物も。地震発生は金曜日の午後でした。この日も町は動いており、人々にも翌週の予定があったのですよね……

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そして役場脇にまたゲート。ここが本日歩いた南端となりました。

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帰りの電車に乗るため駅に戻ります。昔話に出てきそうな小さな橋と桜の花が心を和ませてくれました。
posted by 片羽國雄 at 23:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月08日

どおおおん

posted by 片羽國雄 at 23:15| Comment(0) | ガンダム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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